従業員に対する損害賠償請求

1.従業員に対する損害賠償請求は認められるのか?

従業員が仕事で重大なミスを犯し、その結果、会社に多大な損害を与えてしまった場合、会社はその従業員に対して損害賠償請求できるのでしょうか。

原則論でいうと、従業員の故意や過失によるミスで会社に損害を与えた場合、従業員は会社に対して債務不履行責任や不法行為責任を負い、損害を賠償しなければなりません。

しかし、会社と従業員との関係では、この原則が修正されることになります。

 

2.従業員に対する損害賠償請求は制限される

従業員に対する損害賠償請求が制限される理由はつぎのとおりです。

会社は従業員を使用することによって活動範囲を広げ多くの利益を得ているのだから、従業員が失敗したことで生じた損害は負担すべきであるという考え方があります。これを報償責任の原理といいます。

このような考え方は、法律上の明文規定があるわけではありませんが、多くの裁判例では、信義則(民法1条2項)や公平の原則を根拠に、従業員への損害賠償請求が一定程度制限されます。

 

3.裁判例の紹介

このような問題についてリーディングケースとなる裁判例をご紹介します。

 

【大隈鉄工所事件 名古屋地判昭和62年7月27日】

(事案の概要)

本事案では、繊維機械等の製造販売業を営む会社に勤務していた従業員が、深夜に最新鋭機械を使用して作業している途中に居眠りをしてしまい、高額な機械を壊してしまいました。

会社は従業員に対し、居眠り中は労働契約上の労務提供が全くなされなかったということで、債務不履行に基づく損害賠償請求をしました。

 

(判決の概要)

「被告が本件プレナーの作業中右のとおり最少限七分を下まわらない時間居眠りをしたことは、その間、被告がプレナー工として要求される十分な労務を提供しなかつたことにほかならないから、これが原告に対し債務不履行に当たることは明らかである」として、従業員は債務不履行責任を免れないと判断しました。

 

しかし、おおむね次のような理由から、会社の従業員に対する損害賠償請求が制限される場合があることを認めました。

・高度に技術化され、急速度で技術革新の進展する現代社会において、新鋭かつ巨大な設備を擁し、高価な製品の製造販売をする企業で働く労働者は、些細な不注意によって、重大な結果を発生させる危険に絶えずさらされている。

・終身雇用制を前提とした雇用関係のもとでは、労働者が労働提供の意思を持って、作業に従事中の些細な過失によって、使用者に損害を与えた場合について、使用者は、懲戒処分のほかに、その都度損害賠償による責任を追及するまでの意思はなく、むしろ、こうした労働者の労働過程上の落度については長期的視点から成績の評価の対象とすることによって労働者の自覚を促し、それによって同種事案の再発を防止していこうと考えているのが通常のこととされている。

・原告の従業員の労働過程上の過失に基づく事故に対するこれまでの対処の仕方と実態、被告の原告会社内における地位、収入、損害賠償に対する労働者としての被告の負担能力等後記認定の諸事情をも総合考慮すると、原告は被告の労働過程上の(軽)過失に基づく事故については労働関係における公平の原則に照らして、損害賠償請求権を行使できない。

そのうえで、原告と被告の経済力の差、原告が機械保険に加入していなかったこと、深夜勤務中の事故ということもあり被告に同情すべき点もあることなどが考慮され、「信義則及び公平の見地から」、原告に生じた損害の4分の1相当額の賠償責任が認められました。

 

4.従業員に対する責任追及の具体的な方法

さきほどご紹介した裁判例や、その後の多くの裁判例でも採用されているように、「信義則」や「公平」といった概念によって、従業員の軽過失による損害について、会社は従業員に対してその賠償を求めることは困難です。

このような従業員に対する責任追及の手段としては、注意指導の実施や懲戒処分など、他の方法による処分を考えた方がよいでしょう。もっとも、形式的に就業規則上の懲戒事由に該当するからといって、いかなる場合にも懲戒処分が認められるわけではありません。仮に懲戒処分を不服として従業員に争われた場合、裁判の中で懲戒処分が正当なものとして認められるためには、多くの事情が考慮されることとなります。懲戒処分が違法なものと判断されれば、逆に会社の方が従業員に対して金銭を支払わなければならない可能性も出てくるのです。

懲戒処分は、専門的な判断が必要となる非常に難しい処分です。懲戒処分を検討している方は、是非弊所までご相談ください。弊所では懲戒処分にあたりアドバイスを行い、処分をサポートした実績があります。

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