介護施設・高齢者施設関連法務

世界保健機関の定義によれば65歳以上の人を高齢者といい、65歳以上の高齢者の人口が増大した社会を高齢化社会としています。そして、高齢化率が21%を超えた社会を超高齢化社会と分類しています。
日本では平成29年には高齢化率が27.7%に達し、超高齢化社会に突入しました。現在は4人に1人が65歳以上の高齢者という状況になっています。
このような状況の中で、高齢者施設をめぐる法律問題は複雑かつ多岐にわたっています。
今回は、高齢者施設をめぐる法律問題のアウトラインをお話ししていきます。

1 高齢者施設をめぐる各種法律について

高齢者施設に関する法律は多岐にわたりますが、主に以下が挙げられます。

介護保険法、健康保険法

介護保険法は平成12年4月にスタートした法律で、平成7年に制定された、国民1人1人が生涯にわたって安心して生きがいをもって過ごすことができる社会を目指してあるべき高齢社会の姿を明らかにするとともに、高齢社会対策の基本的方針を示すことにより高齢社会対策を総合的に推進するという高齢社会対策基本法を受けて制定されたものになります。介護保険法以外にも、施行規則、厚生労働省や地方公共団体が制定する各種通達も重要です。介護保険制度により、費用の9割が原則として介護保険から給付されることになりますが、1割は利用者から徴収することになります。

また、利用者が医療機関で医療行為を受けた場合には健康保険の適用があるため、健康保険法(後期高齢者医療保険)の適用を確認することが必要になります。

高齢者の所得に関する法律

上述の通り介護保険適用により利用者負担は1割ですが、通所介護や訪問介護における食費や施設費は原則として介護保険の適用対象ではないため、これらは利用者から徴収します。

このため、高齢者の所得に関する法律として国民年金法や、厚生年金保険法、生活保護法などの高齢者の所得に関する法律にも気を配る必要があります。

また、各市町村により、世帯全員及び配偶者(別の世帯の方も含む)が市町村民税非課税で、預貯金額等が一定額以下の方は、「介護保険負担限度額認定」を受けることにより負担額が減額される制度もありますので、このような制度についても理解が必要となります。

高齢者福祉施設に関する法律

特別養護老人ホームの設置基準や、介護保険法上の介護施設ではない養護老人ホームや軽費老人ホーム・有料老人ホームなどの設置基準については老人福祉法で規定されています。

そのほか、いわゆるサービス付き高齢者向け住宅の各種優遇措置については厚生労働省の「高齢者・障害者・子育て世帯居住安定化推進事業」のほか地方税や租税特別措置法で規定されています。

その他の法律

利用者との契約については民法、消費者契約法などの法律が適用になりますし、従業員との関係では雇用保険や労災保険、労働基準法及び労働契約法や労働組合法などの適用が問題になります。

運営上の法律としては会社法や商法が適用になりますし、施設面でいえば借地借家法などの適用も絡んできます。

介護事故が生じれば民法上の不法行為責任、使用者責任、工作物責任等も問題になってきます。

利用者の財産管理については法定後見や任意後見制度の理解も必要になるでしょう。

 

2 施設運営にあたって高度な遵法精神が求められる!

(1)施設運営にあたっての視点

上述の通り、施設運営に当たり、介護保険制度を中心とする公的な利用者負担軽減制度の利用が必須となります。
このため、高齢者施設には他事業と比べて高度な遵法精神が求められるといっていいでしょう。
また、利用者は高齢者であり、判断能力が乏しい方もいるため、その交渉力には差があるという特徴があります。このため、対等に交渉していくというより、施設として利用者を守るという視点がより重要になるでしょう。

(2)事業者として負う義務は多岐にわたる

事業者として負う法的義務は以下の通り多岐にわたります。

ア 役務提供義務等

高齢者施設の利用者に対する義務は契約に基づく役務提供義務が主となりますが、これに付随して利用者に対する安全配慮義務を負っています。それ以外にも、高齢者の虐待を防止し発見した場合には通報を行う義務もあります(高齢者虐待防止法)。

イ 守秘義務等

介護保険法についても厚生労働省や条例で定められる運営基準等において介護事業関係者においても守秘義務が定められており、遵守しなければなりません。その他、個人情報保護法による個人情報取扱事業者として情報収集にあたっては目的を明らかにすることや適切に管理すること等が求められます。

ウ 記録の作成・保存・開示

記録作成・保存・開示についても介護保険法と厚生労働省令(指定居宅サービス等の事業の人員、設備および運営に関する基準)により定められています。

(3)介護事故への対応

施設側として利用者の生命・身体を預かる立場として最も懸念されるのは介護事故でしょう。施設内でひとたび事故が起きれば、施設内外の信用を失うことにもなりかねません。

ア 利用者の身体拘束の適法性

施設には様々な利用者がおり、介護事故の防止のために施設として身体拘束をする必要がある場面も想定されます。
この点、介護老人保健施設、特別養護老人ホームなどの施設類型については厚生労働省が定める施設運営基準において「当該入所者又は他の入所者の生命または身体を保護するため緊急やむを得ない場合を除き、身体拘束その他入所者の行動を制限する行為を行ってはならない」と身体拘束の原則禁止が定められていますので注意が必要です。
そもそも、転倒事故や転落事故を防止するために身体拘束をすることでかえって利用者が無理にベッド柵を乗り越えようとして転落することもありますし、事故被害を防止するためには身体拘束以外にも方法があるはずなので、身体拘束ではない他の方法でケアすることを考えるべきでしょう。

イ 介護事故が起きた場合の事業者の責任

介護事故が起きた場合には事業者には以下の責任が伴うとされます。

  • 行政上の責任

許認可の取り消し等があり得ます。

  • 刑事上の責任

業務上過失致死傷罪により5年以下の懲役もしくは禁固または100万円以下の罰金が科されます。事業者が法人の場合には、法人の代表取締役や施設の長、当該職員などに同罪が成立します。

  • 民事上の責任

債務不履行責任や不法行為責任により事業者は利用者に対し損害賠償義務を負います。改正民法により、生命・身体の侵害による不法行為の損害賠償請求権は特例として損害および加害者を知った時から5年間行使しないときには時効によって消滅するとされ時効期間が延長されましたので注意が必要です。
その他、民法上の使用者責任、工作物責任、責任無能力者の監督義務者の責任が問題になります。
過失相殺といい、損害の発生や拡大に被害者側に落ち度がある場合には斟酌されることがありますが高齢者の場合には過失相殺能力があるかどうか(事理弁識能力の有無)が問題になることがあります。

損害内容としては治療費、交通費、諸雑費、休業損害、傷害慰謝料、逸失利益、後遺障害慰謝料となり、万一死亡事故が起きた場合には死亡慰謝料だけでも2000万円を超える額の請求があります。備えとして、事業者を被保険者とした事業者賠償責任保険や利用者自身を被保険者とした傷害保険への加入が必要でしょう。

(4)高齢者施設の人事労務管理の注意点

ア 人手不足の現状

労働者人口が減少の一途をたどり、介護業界においても例外なく介護事業者の人材不足が深刻となっています。外国人の活用も本格化するため介護事業者としては、提供するサービスの質の確保がますます求められます。

イ 職員による虐待

職員による利用者への虐待が発覚するという場合も少なからず存在します。
このような場合には、高齢者虐待防止法に基づき、市町村へ通報しなければなりませんので早急に対応が必要です。内部告発者がいた場合には、解雇などの不利益な取り扱いをせず、通報者探しを行うことは避けましょう。通報者が判明している場合には、その後のパワハラ・いじめが起きないように注意する必要があります。
虐待を行った当該職員に対しては懲戒処分を検討していくことになりますが、処分にあたっては適正手続きを踏む必要がありますので注意しましょう。
再発防止のためには、虐待発生防止のために研修を行う、苦情解決体制の整備を行うといったことが必要になります。

ウ その他の労務問題

その他、パワーハラスメント、セクシャルハラスメント、メンタルヘルス休職等の労務問題を抱えることは他事業者と同じであり、各種労働法規に沿って対応をしていく必要があります。

(5)感染症への対策

新型コロナウィルス感染症の蔓延が続く昨今、介護施設内におけるクラスターの発生も生じています。その他、ノロウィルス、インフルエンザ、肺炎マイコプラズマ等の感染症が発生することもあります。
このような感染症が発生した際には、施設としてどのように対応すればいいでしょうか。

この点、

事前にマニュアルを作成し、それに従って発生状況の報告をしてもらい、状況の把握をすること

・医師による指導を仰ぎ感染拡大の防止を行うこと
・医師による適切な医療処置と適切な医療機関への移送を行うこと
・施設から市町村の社会福祉施設所管部長、そして医師から保健所等、各種法令の定めに従い行政への報告を行うこと
・保健所や医師などの関係機関との連携を行うこと

を意識して行動すべきと考えらえます。
特に高齢者介護施設は感染症に対する抵抗力が弱い高齢者が集団で生活する施設であり感染症が広がりやすい状況にあることをスタッフ一人一人が常日頃から意識しておく必要があります。常設の施設内感染対策委員会を設置し、事前に行うべき対策や発生した際の対策(行動計画)やマニュアルを作成し、実際に発生した場合に備えておくことが重要です。

3 高齢者施設が弁護士を利用するメリット

今回は介護施設をめぐる法律問題につきアウトラインを説明してきました。これ以外にも広告規制をめぐって各種法令の規制等が存在したり、入所している利用者の財産管理をめぐって後見等の知識も必要になります。
このように高齢者施設運営にあたっては多岐にわたる法律が絡んでおり、リスク管理のためにはコンプライアンスの精神を持つことが重要であることはもちろんですが、その前提として各種法令の知識が必須です。
これについて高齢者施設側ですべての法的知識をもって問題を完結させることは困難と言えるでしょう。

もし仮に施設側で自力ですべてを解決しようとしたときのデメリットとしては以下が挙げられます。

事業の運営に集中できない

他事業者の競合も増えている現状において、利用者に対するサービスの質の向上が前にも増して重要になります。しかしながら、利用者とのトラブルや従業員との労務トラブルなどの法律問題を解決するのに時間を割かれると本業である利用者と向き合う時間が少なくなり、本業に集中できないといった事態にもなりかねません。

介護事故などの発生に適切に対応できない

介護事故など不測の事態が生じた場合に自分で対応するあまり、適切な機関への報告を怠ってしまう、死亡事故の場合に遺族への対応で不誠実な対応や法的に間違った説明をしてしまい、後日、施設内外の信用を失う等の事態に陥ることもありあえます。

労務管理を怠ってしまう

 慢性的な人手不足にある業界において適切な労務管理を行うことが質の高い人員を確保する上で重要になります。杜撰な管理を行ってしまえば、職場内の不満の高まりと離職率の増加等に繋がることもあり得ます。

一方、弁護士を利用するメリットとして以下が挙げられます。

各種法令の知識につき精度の高い回答が得られる

法律の専門家である弁護士に相談すれば、法律や政令、条例まで詳細なリサーチが可能で精度の高い回答を得ることができます。

介護事故や労務トラブル等へ迅速に対応できる

訴訟の経験が豊富な弁護士であれば今後訴訟になることを踏まえ、介護事故発生時から迅速かつ適切なアドバイスが可能です。労務問題についても予防法務から懲戒処分への対応まできめ細やかなフォローが可能です。

もしトラブルが訴訟に発展してしまった場合でも、訴訟の経験を活かして判例のリサーチを行い適正な賠償額になるよう対応が可能です。

従業員の満足度向上につながる

弁護士に相談の上で労務管理をしっかりしているという印象を与えられれば、従業員も安心して仕事に従事でき、満足度向上と離職率低下にもつながります。
特に弊所では顧問サービスにEAPサービスを付帯可能であり、従業員側の個人的な法律相談までフォロー可能です。

以上の通り、弁護士に相談するメリットはたくさんありますので、顧問として弁護士を利用することをお勧めします。

介護施設運営でお悩みの経営者の皆さま、弊所の顧問サービスでは各種法律問題に対してアドバイスが可能です。弊所を顧問としてご利用いただくことで、施設の特徴や理念などを共有し、大切にしながら、法的トラブルに迅速に対応して解決に導くことが可能となります。
高齢者介護施設事業者の皆さま、ぜひ弊所の顧問サービスをご利用ください。

監修者:弁護士 伊藤一星(弁護士法人宇都宮東法律事務所 代表弁護士)
所属/日本弁護士連合会、栃木県弁護士会
資格/弁護士

「誰でも気軽にリーガルサービスの提供を受けられる社会」を実現し、地域社会に貢献できる法律事務所を目指して弁護士法人宇都宮東法律事務所を設立。
主な取り扱い分野は交通事故・企業法務・労災・離婚など多岐に渡る。
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