残業代が未払いの企業が負う罰則とは|未払い請求された際の対応方法を解説
残業代を適切に支払うことは企業としての義務の一つです。しかし、その義務を無視して、未払いのまま放置した場合には、従業員から未払金を請求される場合があります。未払い残業代請求による企業の負担を最小限に抑えるために、どのように対応すべきか悩む企業も多いのではないでしょうか。また、残業代が未払いの場合に発生するリスクについて明確に把握できておらず、対策方法がわからない方もいるかもしれません。
そこで本記事では、残業代が未払いの企業が負うリスクや、未払い残業代の請求を受けた場合の対応方法について解説します。
残業代が未払いの企業が負うリスクと責任
未払いの残業代の全額支払義務が発生する
残業代を払わないまま放置した企業には、従業員に対して労働契約や労働基準法に基づいて発生した残業代未払い分の全額を支払う義務が発生します。長い期間、支払いを放置していると、まとめて請求された際に金額が大きくなり、企業にとって経済的な痛手を被る支出になる可能性が高いです。残業代等を支払わない悪質な会社に対しては、一種の制裁措置として労働者が裁判手続で割増賃金等を請求した場合には裁判所の判断でペナルティとして「付加金」の追加支払いを命じることがあり、この際にはさらに企業側には大きな痛手となります。
特に、資金繰りが厳しい中小企業にとっては大きなリスクになります。
労働基準監督署による立入検査と行政指導が行われる
残業代を適切に支払わないことは労働基準法違反に当たる行為であるため、従業員が労働基準署に相談に行く等の対応をした場合には、労働基準署の立入検査(臨検)の対象になります。
立入検査では、タイムカードなどの記録書類や帳簿の提出、さらには尋問への対応が必要となります。また、労働基準法違反があった場合には、是正勧告による行政指導が行われます。是正勧告書が交付されると、早急に改善策の実施と報告をしなければなりません。行政指導を無視すると、企業や経営者に「6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金」という刑事罰が科される可能性もあります。その場合は経営において多岐にわたる悪影響を及ぼしかねないため、注意する必要があります。
労働審判や訴訟を起こされる
残業代の未払いを続けていると、従業員から労働審判や訴訟を起こされる可能性が高まります。法的手続きを通して訴えられた場合は、迅速に対応する必要があり、書類の用意や主張の検討など、紛争トラブルの対応のために多大な労力が必要となり企業に大きな負担をかける事態になりかねません。
遅延損害金や付加金を請求される
未払い残業代を請求された場合、残業代にあたる金額に加えて、一般的には遅延損害金が加算される場合が多いです。遅延損害金の利率は基本的に年3%ですが、退職日までに支払われていない賃金に関しては年14.6%となります(賃金の支払の確保等に関する法律6条1項)。退職後は特に利率が高く定められており、支払いを長引かせた分だけ金額が膨らみます。また、労働訴訟を通じて裁判所から残業代の支払いを命じられた場合は、付加金の支払いもペナルティとして科されることがあります。付加金は、未払い残業代の金額と同額を請求できるため、請求されうる金額は最大で元の未払い金額の2倍となります。このように、残業代の未払いを起こすと、本来支払う必要のない支出が発生してしまうため注意が必要です。
企業イメージが低下する
残業代未払いの紛争が表面化したり刑事罰を受けたりすると、企業としての信頼性を大きく失う事態になりかねません。企業イメージが低下すると、商品の売り上げや取引先との関係に多大な悪影響が発生する恐れがあります。
一度低下した企業イメージを回復させることは容易ではありません。後に未払い分の残業代や遅延損害金等をきっちり支払ったとしても、一度ついてしまった悪印象を払拭できるとは限らないため、残業代の未払いは将来にわたって大きなリスクを孕んでいると言えます。
残業代の未払い請求をされた場合に企業が確認すべきこと
管理監督者に該当していないか
残業代の未払い請求への対応に際して、まずは対象の従業員が労働基準法における「管理監督者」に該当していないかを確認する必要があります。
該当する場合には労働基準法に基づき、時間外労働や休日労働に係る残業代規定の適用が除外されるため、法定労働時間を超えた分の割増賃金を支払う義務は発生しません。管理監督者に該当するかどうかは肩書の名称ではなく、業務の実態に即して判断され、以下のような従業員は管理監督者に該当する可能性があります。
- 経営に関する決定に参画している
- 労務管理に関する指揮監督権限を持っている
- 自己の労働時間について裁量が認められている
- 他の従業員より賃金等の待遇が良い
管理監督者であるという反論は認められにくい実態はあるものの、該当すれば反論の効果は強力であるため、必ず確認すべき事項の一つです。
残業代の計算方法が合っているか
従業員が請求している金額が必ずしも合っているとは限らないため、残業代の計算方法を確認し、請求金額に間違いがないかの判断を必ず企業側でも行わなければなりません。残業代の証拠がない部分については推定計算をしていたり、そもそも労働時間に該当するのかどうか判断が難しいケースを加算している場合もあります。残業代の算出方法に間違いがあれば訂正して請求金額を減らすことも可能であるため、未払いの残業代があることは間違いないとしても、具体的な金額が合っているかどうかは必ず確認する必要があります。
固定残業代としてすでに支払っていないか
未払い残業代の請求金額に、固定残業代としてすでに支払った分が含まれていないかを確認しましょう。固定残業代に基づく反論が認められれば、支払うべき未払いの残業代はない、または一部支払い済みであるとして請求額を減らす効果を期待できます。過去の判例によると、固定残業代により支払い済みであるという反論が認められるためには、次のような条件があげられています。
- 通常の労働時間に対する賃金と割増賃金に当たる金額が明確に判別できること
- 固定残業代が割増賃金の対価として支払われていること
固定残業代に基づく反論ができるかどうかは個別事例によって判断が異なるため、主張の検討にあたって悩んだ際は弁護士等の専門家に相談することを推奨いたします。
時効が成立していないか
従業員が有する、残業代を請求する権利には消滅時効があるため、時効期限が過ぎていることを主張すれば(時効の援用)、残業代の支払義務を免れる場合もあります。そのため、未払い残業代を請求された際は、請求額の中に消滅時効が完成している分が含まれていないかどうかを確認しましょう。時効期間は以下の通りとなっています。
時効で支払義務がなくなった分を安易に支払ってしまうと、支払義務の承認をしたとみなされて時効の援用はできなくなるため、注意が必要です。
- 令和2年3月31日以前に発生した残業代請求権の時効期間
令和2年3月31日以前に残業代請求権が発生した場合、改正前の法律が適用されますので、残業代請求権の消滅時効期間は2年となります。残業代請求権の時効期間の起算点は、未払い残業代が支払われるべきであった給料支給日ですので、そのときから2年が経過すると時効が完成します。
- 令和2年4月1日以降に発生した残業代請求権の時効期間
令和2年4月1日以降に残業代請求権が発生した場合、改正後の法律が適用されますので、残業代請求権の消滅時効期間は3年となります。
未払いの残業代を請求された際の対応フロー
請求内容を精査する
未払いの残業代を請求された場合には、まず請求の具体的な内容を精査しましょう。従業員側の主張や現状の労働時間データ等の情報を整理することで、反論や証拠の準備につながります。
また、そもそも残業代支払義務が存在しない場合や計算方法が間違っているなど請求内容に不備がある可能性もあります。請求額を減額できる場合もあるため、必ず情報を精査しましょう。
請求内容の反論を検討する
情報を精査した上で、下記のような反論の余地がないかを検討しましょう。
- 対象の従業員が管理監督者である
- 残業を禁止していた
- 固定残業代を支払っている
- 労働時間に該当しない
このような反論が認められるかどうかは、個別事情を踏まえて判断されることが多く、どのように反論を組み立てるかは、弁護士に法的なアドバイスを受けながら検討することを推奨いたします。
従業員との和解を試みる
請求に対する企業側の主張が整理できたら、従業員との交渉に進みましょう。最終的な支払金額や支払期日を話し合いのもと両者の合意が得られた場合には、その内容を明確にするために和解契約書を作成します。和解ができれば訴訟を経ずに解決できるため、この段階での従業員との交渉は非常に重要な要素となります。和解に至っては無効を主張されないよう、署名を脅迫するなどの行為がないように注意するとともに、交渉の経緯を書面化、録音録画し手続きの経過を証拠化しておくことが必要でしょう。
労働審判や訴訟に対応する
従業員から労働審判や訴訟を起こされた場合は、手続きへの対応が求められます。ここで反論をせずに相手方の主張をすべて認めてしまえば余分な支出が発生する可能性があるため、企業側としての主張をしっかりと行わなければなりません。法的トラブルに発展すると証拠書類の準備や訴訟方針の検討など多大な労力がかかるため、早い段階で弁護士にサポートを依頼することが重要です。
まとめ|残業代未払いの罰則への対策は弁護士にご相談を
残業代の未払いを放置して従業員から未払い金を請求されると、未払い分の金額だけでなく付加金などで支払い金額が膨れ上がり、大きな支出になるリスクが発生します。
また、労働基準監督署の立入検査や刑事罰などを受けて、企業イメージが低下する事態にもなりかねません。
残業代の未払い請求に適切に対応するためには、認めるべきポイントと反論すべきポイントをしっかりと見極めることが重要です。そのため、残業代未払いによるリスクを確実に減らしたいならば、弁護士に法的な観点から専門的なアドバイスやサポートを受けることを推奨いたします。
弊所では、企業人事に関する実績が豊富な弁護士が、残業代未払いの予防策の検討から訴訟手続きまで徹底サポートいたします。残業代未払いに関するお悩みがある場合は、ぜひご相談ください。